「自分探し」と検索すると、必ずと言っていいほど「意味ない」という言葉が並びます。
自分なりに考えて動いてきたのに、その行為自体を否定されているような気持ちになった人もいるかもしれません。
でも本当に、自分探しは意味がないのでしょうか。
そもそも、「意味がある・ない」を誰かに決められるものなのでしょうか。
この記事では、「自分探しは意味ない」と言われる理由を整理しながら、「意味があるかないか」という二択ではなく、自分自身との向き合い方を一緒に考えていきます。
答えを出すためではなく、少しモヤモヤを整理するための記事です。
なぜ「自分探しは意味ない」と言われるのか

では、世間的に「自分探しは意味ない」と言われやすい原因を見ていきましょう。
答えが見つからないまま時間だけが過ぎるから
自分探しを続けても、明確な「答え」が出ないことは珍しくありません。
「自分とは何か」という問いには、そもそも正解がありません。
だからこそ、何年も探し続けて疲れてしまう人を見て、「意味がない」と感じる人がいるのかもしれません。
しかし、ここで気になるのは“本人が意味ないと感じていたのかどうか”です。
周りにいる人が「意味ない」と思って見ていても、本人にとっては大きな気付きがあるのかもしれませんよね。
ではもう少し踏み込んで見てみましょう。
行動が伴わず、考えるだけで終わるケースが多いから
自分探しという言葉は、ときに“考えているだけで動いていない状態”の言い訳として使われることもあります。
自己分析や性格診断を繰り返しても、現実が変わらなければ、「意味がなかった」と感じてしまうことがあります。
これについては、前述の「他人が意味ないと思う」とはちょっと違いますよね。
たしかに、行動が伴っていないということは、そう思ってしまうのも無理ないのかもしれません。
しかし、“行動”とはどういうもののことを言うのでしょうか?
ここにももう少し踏み込んでみましょう。
社会的に「生産性がない」と見なされやすいから
自分探しは、成果や数字として表れにくいものです。
効率や生産性が重視される社会では、目に見える結果がないものは価値がないように見えてしまいます。
おそらく前述の「行動」の裏付けがここに隠れているのかもしれませんね。
世間一般的に“成果を残さないと”行動とは呼べない、と。
しかし、本当にそうでしょうか?
成果は細かな行動一つひとつの積み重ねです。
もし、自分探しをした末に、少し自分の内側に変化があり、それをほんの少しでも生活の中に取り入れてみたとき、今までとは違った行動をしようとしている勇気に「意味がない」と一蹴してしまうのは、なんだかもったいない気がするのです。
「意味ない」と感じてしまう自分探しのパターン

では、なぜ「意味ない」と感じてしまうのか、その原因を深ぼってみましょう。
「見つかるもの」として探してしまう
宝探しのように、「どこかに本当の自分がある」と考えてしまうと、見つからないたびに苦しくなります。
自分は完成品ではなく、日々の経験や選択の中で少しずつ形になっていくものです。
また、「今の自分にはない」と思いすぎるのも原因となることもあります。
本当に大切なことはそばにあると言いますが、本当にそうで、もうすでにある・持っているもののなかに“本当の自分”が隠れていることは大いにあります。
他人の答えを自分の答えにしようとする
本やSNS、診断結果。
誰かの人生を見て「これが正解なんだ」と思うことがあります。
でも、その“答えっぽいもの”は自分に当てはまらないことも大いにあります。
なぜなら、“私”と“あなた”も別の人生を歩んでいるからです。
他人の人生や記録を参考にすることは大切なことですが、私の経験上、そこに“自分の答え”を求めると、後から「やっぱり違ったかも」と思うことも多いので、目を向ける場所を変えていきましょう。
探すこと自体が目的になってしまう
「まだ自分が見つかっていないから。」
そう言い続けることで、新しい一歩を踏み出さなくても済んでしまうことがあります。
もちろん、それは怠けているからではありません。
新しい挑戦は怖いものです。
だから人は、無意識のうちに「探し続けること」を選んでしまうことがあります。
このようなことで悩んでいる人はきっと、「どう探したらいいかわからない」と思っているのではないでしょうか?
しかし大事なのは、目を向けるべき場所。
自分以外の周りに正解を求めても、答えを得られることはありません。
自分の内側に耳を傾け、自分の感情をはだかのまま受け取り、それを表現することができてはじめて、自分のことを自分で認識することができると私は思います。
これは、感情的になれということではなく、もっと自分を愛しましょうという話に繋がるのです。
「行動すればいい」と言われても、動けない人へ

ここまで読んで、「結局、行動しろってことなんだ。」と感じた人もいるかもしれません。
でも、もし動けないなら、それには理由があります。
真面目で慎重な人あなただから、動けないことまで責めるよりも、先に試してほしいことがあります。
それをここで解説していきますね。
自分探しの前に、「自分を許す」ことから始めてみる
私たちはつい、自分に点数をつけてしまいます。
「まだ何者にもなれていない。」
「やりたいことが分からない。」
「他の人はもっと頑張っている。」
そうやって、自分を減点し続けると、本当の気持ちはどんどん見えなくなっていきます。
だからこそ、自分探しの前にやってほしいことがあります。
それは、「今は理想通りにできなくてもいい。」と、自分に言ってあげることです。
迷っていてもいいし、できない自分がいてもいい。
なぜなら、今できているように見える人たちも、同じように“うまくいかなかった過去”があるからです。
こうして今の自分が抱えるほんの小さな焦りに気が付くだけで、ふと肩の力が抜けて動きやすくなるでしょう。
自分探しは、「見つける」より「試す」
自分探しというと、壮大なことを思い浮かべる人が多いですよね。
インドに一人旅をするとか、車一台で1年間過ごしてみるとか、そういう“生活そのものを変える”ような出来事を想像する人もいるかもしれません。
しかし、私はあえてここでは“日常にいつもと違う行動をほんの少し加えてみる”ことだけでも自分探しになるとお伝えしたいです。
例えば、
- SNSで最近感じた怒りや悲しみ、嬉しかったことや楽しかったことについて書いてみる
- ずっと読もうと思って置いていた本を1ページだけ読んでみる
- 仕事帰りに、いつも付けてるイヤホンを外して歩いてみる
そんな小さな行動でも十分です。
それに、そんな小さな行動では、“結果”なんて求めないですよね?
それが何より大事なんです。
何か行動を起こした時に、人は“結果”ばかりを見がちですが、大切なのは結果よりも“自分の感情がどう動いたか”。
少しスッキリした気持ちになったとか、苦痛に感じたとか、意外と楽しかったとか、小さな発見があったとか、そんな感情から自分探しは始まります。
“どんな行動をしたか”よりも“どう感じたか”にフォーカスを当ててみる練習から始めましょう。
自分探しをしていた人は、どう変わったのか
本メディアの編集者「みかんちゃん」は、いつも“自分の最適な働き方”を探し続けていました。
転職サイトを見たり、本を読んで自己啓発に臨んだり、適性診断も何度も受けたり、独立しようともがいてみたり、方法は色々試しましたが、どれもしっくり来なかったと言います。
そんなある日、“やりたい仕事”を探すことをやめて、“無意識に勝手にやってしまう行動”を洗い出すことを始めてみました。
すると、人を観察することやモノの根源を知ること、それらのサポートをする役回りが得意だと気がつき、それが今の仕事につながったそうです。
最初から答えが見えていたわけではありません。
でも、色々やってみて、たくさん失敗したけどその都度一歩動いたから見えた景色でした。
自分探しとは、「答えを見つけること」ではなく、「自分を知り、試すこと」なのかもしれません。
「意味ない」で終わらせないための考え方

ここを読んでいる方はもしかすると、自分に向き合うことについて、誰かに「そんなの意味ない」と言われたことがあるのかもしれませんね。
また、自分で色々試したけれど、やっぱり元に戻ってしまったと意味を感じられなくなっているのかもしれません。
しかし、それに意味を感じるかは、受け取り方次第です。
ここでは、どう考えたらいいかを解説していきます。
「意味があるか」ではなく、「自分にとってどうだったか」で考える
他人にとって意味がないことは、果たして本当に意味がないのでしょうか?
例えば、公園で子どもたちが遊んでいる情景を思い浮かべてください。
ローラー滑り台の滑り終わりのところで、ある子どもがジャンプをしようとしています。
大人である私たちは、「そこからジャンプすると、足元のローラーが滑って上手くジャンプできずにこけちゃうよ」と思うかもしれません。
しかしそんなこと、子どもは予想していません。
そこでもし子どもに「危ないよ」と伝えて、子どもはそれを辞めるでしょうか?
8割の子どもは、きっと注意を聞かずにジャンプし、転げて顔や膝を怪我するでしょう。
でもこれは、子どもにとって学びになっているはずです。
- ローラー滑り台でジャンプしたら転げる
- 足元が滑りやすいところでジャンプしたら怪我をする
- 大人が危ないと言ったところは怪我をする危険がある
これは子どもの例ですが、私たちは大人になると、自分で挑戦するのを自分で制限をかけて諦めてしまうことがあります。
だから、他人にとって「危険」と感じることも、自分にとっては「学び」になることもあります。
そしてそれが「危険」なのかどうかも、自分で試してみた時に「危険」かどうかを判断すればいいのです。
全ては受け取り方の違いです。
誰かの物差しではなく、自分の感覚を少しずつ信じる練習をしてみてください。
たとえそれが「もう〜そう言ってたでしょ〜」と後から他人に言われることだとしても、他人の感覚と自分の感覚は別で、結果が同じでも学ぶことは違うことを覚えておいてください。
答えは、一つに決めなくてもいい
そして、答えは一つではありません。
なぜなら、私たち人間はみんな違う人間だからです。
もしかすると、「こうなりたい」と思った先に成功者がいる時、その人の行動全てが答えだと思ってしまうかもしれません。
もしかすると、「これが私の生きる道だ」と試行錯誤の末に見えた時、今の自分が全てだと思うかもしれません。
しかし、人はそれぞれ違い、常に人の心は変わります。
だから、成功者を正解にしなくてもいいし、自分の答えも変わっていいのです。
「今はこう思う」「そう思う今の自分の感覚を大切にしよう」
それくらい柔らかい答えでも、十分あなたの“自分探しの答え”になります。
今日、自分探しを終わらせなくてもいい

この記事を読んでも、明日突然「これが私だ」と分かるわけではありません。
でも、今日ひとつだけでも「これは少し嬉しかった」「これは嫌だった」という感情に気づけたなら、それも立派な自分探しです。
自分は、ある日突然見つかるものではありません。
毎日の小さな選択や、小さな感情の積み重ねの中で、少しずつ輪郭ができていくものです。
だから今日、答えが出なくても大丈夫。
未完成のまま進むことも、立派な前進です。
そして、もしこの記事を読み終えた今、少しだけ心が軽くなったなら、その感覚もまた、あなた自身の大切な「答え」のひとつなのかもしれません。
本サイトでは、自分探しにもがく姿や挑戦し続ける人の姿をありのままにご紹介するインタビュー記事を掲載しています。
もしよろしければ、ぜひ参考にしてみてください。

